旅行日:2026年3月6日/施設情報の確認:2026年9月27日
前夜は予約していた宿が営業しておらず、別の宿を探して22時半ごろようやく部屋に入りました。これで落ち着いたと思った翌朝、大学の成績発表で予想外の「D」を見つけます。今夜泊まる宿にも予約サイト経由では連絡が通っておらず、出発前の用事が続きました。当時の報告書に「悪夢の日」と書いた4日目の始まりです。
成績発表と宿への連絡で、出発が遅れる
大学の成績を確認すると、落とした覚えのない一科目に「D」の判定がついていました。リアクションペーパーの評価も悪くなかったので、すぐに問い合わせました。しかし結果は変わらず、せっかくの午前中がこれで過ぎていきます。
そのうえ、今夜泊まる宿には予約サイト経由の連絡が伝わっていなかったようです。前夜にも宿で困ったばかりなので、今回はWhatsAppでベトナムの電話番号から直接連絡を取りました。予約を入れたことと、実際に宿と連絡が取れることは別なのだと実感します。
ようやく11時ごろ街へ出ると、晴れ間があり、歩くだけで汗ばみました。この日はホアンキエム湖の南側からホアロー刑務所、博物館、フレンチクォーターへ。計画書に挙げていた場所を回ります。
ホアロー刑務所で、植民地支配の痕跡を見る
最初に向かったのはホアロー刑務所の史跡。チケットを買って中へ入ると、フランス統治期にベトナム人が収容された雑居房やギロチンが展示されていました。説明も充実していますが、実物を前にすると当時の苛烈さが強く伝わってきます。
後には米軍の捕虜も収容された場所だそうです。この日は欧米からの旅行者を中心にかなり混んでいました。荷物を持ったまま見学するには窮屈でした。
荷物を預け、女性博物館へ
次の見学前に荷物を軽くしたくて、ハノイ駅の近くにあるこの夜の宿まで歩き、先に預けました。道中、空港で買ったSIMの残量が気になりました。初日の記録には「8GB/日×9日」と書いた一方、この日のメモでは「6GB/日か、8日間で6GBか」と迷っています。正確な契約内容は今も確認できませんが、宿や翌朝の移動の連絡が途切れると困るので、念のため容量を追加しました。
その後、ベトナム女性博物館へ。女性の暮らしや文化に関する展示を見ました。私は女性が歴史の中で担ってきた役割をもっと詳しく知りたかったので、正直なところ、期待したほどは刺さりませんでした。
歌劇場前のラウンドアバウトへ
昼食は途中のカフェで焼きそばとココナッツコーヒー。焼きそばは相変わらず合格点。甘いコーヒーにはアイスが浮かび、フロートのようでした。こちらは値段の割にかなり満足しました。店員も気さくでした。
フレンチクォーターに入ると、街の幅と建物の表情が変わります。ハノイ歌劇場の前のラウンドアバウトでは、薄茶色の制服の警官が交通整理をしていました。バイクが行き交うのは旧市街と同じですが、周りには洋風の建物やホテルが並びます。昨日歩いたハノイ西部とも、旧市街とも違う眺めでした。道端では髪を切っている人も見かけました。
国立歴史博物館の旧革命博物館棟へ
近くのベトナム国立歴史博物館に行くつもりでしたが、目当ての建物は改修中で入れませんでした。そこで向かい側の建物へ。以前は「革命博物館」だった場所で、今は同じ国立歴史博物館の近現代史を扱う別棟です。入口の看板にも「ベトナム国立歴史博物館」と書いてありました。

展示室では、フランスの植民地支配から独立運動、アメリカとの戦争へと進む歴史を、写真、ポスター、実物資料でたどりました。歌劇場の周りを歩いてきたばかりだったので、洋風の建物に入ってフランスの植民地支配に抗した人々の資料を見るのは、不思議な感覚でした。

前日の軍事歴史博物館では兵器が強く印象に残りました。こちらは革命に関わった人々や女性ゲリラの写真、イラストなどが中心です。展示は比較的簡素ですが、前日とは見るところが変わります。学生らしい見学者も来ています。なかでも目が止まったのは、古いロンビエン橋の写真。2日前にその鉄骨のすぐ横を歩いたばかりです。

洗濯を終えて、翌朝のバスへ備える
見学を切り上げ、博物館の外のATMで約1万5千円分を引き出しました。当時の記録では手数料は約300円。16時ごろ宿へ向かいます。ハノイ駅に近い宿は、アパートの一室をいくつかに区切ったような造りで、部屋の中にもその跡が見えます。大きなベッドと机、シャワーとトイレがあり、前夜の宿探しから一転、ここでは落ち着いて休めました。
休んだ後は道路向かいのランドリーへ。店の人に頼んで洗濯をしてもらい、待ち時間は20分程度で、その間にトレインストリートのほうへ歩きましたが、思ったより遠くて断念しました。夕食はCircle Kでおにぎり、鶏足、サンドイッチ、カップ麺などを買い込みました。おにぎりの米は正直まずく、夕食はあまり当たりませんでした。洗濯物はまだ少し湿っていたので部屋で干しました。

翌朝はハノイを離れてドンダン方面へ向かいます。バスの予約に登録した電話番号をベトナムの番号へ変更し、確認の連絡も受けました。翌朝早くハノイ駅前で迎えを待つ予定です。宿への連絡と同じで、現地でつながる電話番号を登録しておいてよかったと思いました。
まとめ
成績のDと宿への連絡で11時出発になりましたが、ホアロー刑務所、女性博物館、歌劇場、歴史博物館を歩きました。旧革命博物館棟で見たロンビエン橋の古写真は、2日前の散歩とつながる一枚です。夜は洗濯物を部屋に干して、翌朝の移動に備えました。
展示や開館状況は2026年3月に訪ねたときのものです。現在の情報は各施設で確認してください。国立歴史博物館の二つの建物については同館の近現代史展示案内も参考になります。

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