旅行日:2026年3月10日/補足情報の確認:2026年10月3日(時刻はベトナム現地時間)
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前日はハノイからSE7に乗り、寝台で一日を過ごしました。フエを過ぎても列車に乗ったまま、今朝も南へ向かっています。乾いた土地と海の車窓を眺め、途中で代行バスを挟んでホーチミンへ。夜はホテルを拠点に、街とメトロを見に出かけました。
暑さと果物で、南へ来た実感が湧く
6時ごろ、アラームをかけなくても自然に目が覚めました。前夜は耳栓をして寝て、列車の揺れの中でゆっくり休めています。朝ごはんは、何を食べたかはっきり覚えていません。スナックだった気もします。
窓の外には田んぼと集落が続きます。水鳥や、つながれている茶色い牛が記憶に残りました。北部で見てきた景色より、土地はやや乾いているように見え、建物の集まり方も少し薄くなった感じがします。
冷房の効いた寝台室では分かりにくいものの、窓が開いているトイレだけは暑い。外は30度くらいに感じました。ハノイからずいぶん長い距離を移動してきたのだと、こういうところで実感します。

午前中はのんびり過ごし、マンゴーやグアバ、練乳コーヒーを楽しみました。昼にはカップ麺も食べています。マンゴーは熟しきっていないものの、その酸味が絶妙でした。グアバはキュウリに似た味がするのに、これもおいしい。気に入ったので、ホテルで食べる分も買っておきました。

乾いた土地と海、寝台から見逃したもの
昼ごろになると、車窓に思いがけない風景が現れました。低木や草地の広がる、サバンナのようにも見える乾いた場所。そのすぐ先には、エメラルドグリーンの海が広がっています。

高温多湿というベトナムの印象からは、あまり想像していなかった組み合わせです。乾いた地面と青い海のコントラストは、アメリカの西海岸のような景色を連想させました。この区間の車窓は大いに気に入りました。
景色だけでなく、列車がどこを通っていくのかも気になります。都市を外れて進むように見えたり、海に近づいたり離れたりする経路を、窓から追っていました。
ただ、寝台からだと景色は見にくい。前日に別で取っていた窓側のコーチ席を使わずに終わったことが、ここでも響きました。ずっと車窓を見たかったのに、十分に見られたとは言えません。
途中でスイッチバックしていたことにも、乗っている間は気づきませんでした。分かったのは、あとから報告書を書いているときです。そういう動きも含めて列車を見たかったので、もったいなかったと思います。
ビエンホアからディーアンまでは代行バス
ホーチミンへ近づいたところで、そのまま終点まで乗り続ける行程ではなくなりました。ビエンホア(Biên Hòa)からディーアン(Dĩ An)まで、橋の損傷で列車が走れず、バスに乗り換えるという案内が車内に流れます。英語の放送もありました。
この乗り換えの背景には、3月6日の衝突事故がありました。当時のベトナム鉄道の発表によると、貨物を運ぶはしけがGhềnh橋にぶつかり、橋の鋼材や線路が損傷したため、ビエンホア〜ディーアン間の運転が止まっていました。
ビエンホア駅で降り、ほかの乗客や一部の乗務員と一緒に代行バスへ。ディーアン駅まで移動して、そこから再びサイゴン行きの列車に乗りました。最後まで同じ寝台で過ごすつもりが、途中にバス移動を挟むことになります。
バスから眺めたディーアン周辺は、ハノイなどで見た街と大きく違うとは感じませんでした。ただ、建物の密度は少し低めに見え、何より暑い。南へ来たことは、ここでも分かります。
再び列車に戻り、サイゴン川を渡って終点へ近づきました。長い移動の最後に、川と街を窓から眺めます。
ドンナイ省の発表では、私が乗った翌日の3月11日朝に、時速5kmの制限で列車の運転を再開しています。代行バスに乗ったのは、運転再開の前日でした。
サイゴン駅から、渋滞の街をホテルへ
サイゴン駅に降り立つと、駅の中にロッテリアやコンビニなどがあることに目が向きました。自分が利用したハノイ駅やハイフォン駅では見かけなかった店があり、終着駅の雰囲気も違います。

ホテルは駅から離れています。約8,000円で予約したホテルの滞在時間を少しでも長く取りたかったので、Grabで移動することにしました。駅前ではタクシーの客引きや、車を待つ人が目につきます。
道はかなり混んでいました。ハノイと比べて、交差点と信号が多いことが印象に残ります。歩く側には渡りやすそうに見える一方、車の流れは詰まりがちで、距離の割にホテルまで時間がかかった感じでした。Grabの料金も、ラッシュ時間だからか割高に感じます。
駅の周りにはハノイにもありそうな街並みが残っていましたが、ホテルのある1区の中心部へ来ると、大都会という印象が強くなります。自分がハノイで歩いた場所とは、街の規模も雰囲気もかなり違って見えました。
広い空間が気に入った、リバーサイドホテルサイゴン
泊まったのは、リバーサイドホテルサイゴン(Riverside Hotel Saigon)です。コロニアル建築の雰囲気が残るホテルで、受付では礼儀正しく迎えてもらいました。
部屋は2階。まず、空間が広い。そして、まさかのバスタブがありました。今回のベトナム旅行では初めてです。

無駄に広い、と言いたくなるくらいの部屋と、フレンチな雰囲気が残るロビーや廊下。その広さと建物の雰囲気が、とにかく気に入りました。バスタブのある部屋で休めること、接客、夜の散策に出やすい立地まで含めると、今回泊まった中で一番かもしれません。約8,000円を払う価値は十分にあったと思います。
ただ、窓からの眺めは少し残念でした。低層階だったためか、目の前の大きな通りと強い光で、景色が見づらかったです。部屋の広さや雰囲気が良かったことと、眺望が良かったことは別でした。
ミニバーと冷蔵庫にはソフトドリンクや酒があり、値段は割高に感じました。テレビは多くの番組が見られます。部屋で少し休憩してから、夕飯とお土産を探しに外へ出ました。
※約8,000円は宿泊当時の料金です。予約により報酬を受け取る場合があります。
ハノイとは違う、夜の中心街を歩く
ホテルの周りを歩くと、1区はやはり大都会です。中央の遊歩道へ出ると、外国人も多く見えました。

夕飯はフォーの店へ。注文が来るまで少し大変でしたが、鳥のレバーのような具が入った、フォーの焼きそばを食べました。具の正体は確かめていません。
街ではセブン-イレブンやファミリーマートが、ハノイで歩いた範囲より多く目につきました。バーやマッサージ店、普通の飲食店、ローカルな屋台も入り混じっています。店の看板や路上の人々から、ポップな雰囲気も感じました。
本屋ではホーチミンの本と、帽子、シャツを購入しました。合わせて約4,000円。少し割高だったかもしれませんが、旅の終わりに持ち帰るものを選びます。
歌劇場の近くから、ホーチミンメトロに乗る
買い物を終えて、ホーチミン歌劇場の近くにあるメトロの駅へ向かいました。駅はかなり清潔で、接客も印象に残っています。
改札の外で地図を眺めていただけで、駅員が困っていないか声をかけてくれました。こちらから何か頼む前に来てくれるのが、なかなか親切です。

路線図には、まだ乗れない路線まで描かれているようでした。その日に乗る一本だけではなく、この先の鉄道網まで広がっていくような図で、将来の可能性を感じます。
クレジットカードで改札を通り、地下のホームへ。天井まで仕切るホームドアが並び、乗った列車は3両編成でした。青い車体もかっこいい。

走行音は日本で聞く電車に似ていて、それをベトナムで聞けるのが感慨深い。長距離の客車で一日を過ごしたあとに乗る、都市の電車も面白かったです。
この1号線は、JICAの開業資料によると、日本の円借款で整備され、2024年12月22日に開業しました。車両や信号には日本の技術が使われ、鉄道システムも日本の規格を採用しています。JICAは運営会社の立ち上げや安全管理・訓練も支援しており、設備と運営の両方に日本とのつながりがある路線です。
一駅だけ乗って、バーソン(Ba Son)で降りました。地上に出た駅名は写真にも残っています。到着した駅でも、少し周囲を見回していると駅員が寄ってきました。

駅を出ると、水辺の公園のような場所があり、対岸へ架かる橋がライトアップされていました。川の向こうにもビルが見え、この街の大きさがまた感じられます。

日本人街を通って、ホテルへ戻る
バーソン駅からは、歩いてホテルへ戻ります。途中には建設中のビルや、裏手の暗い通りもありました。夜の街は、通りによってずいぶん雰囲気が違います。
その先で日本人街に出ました。日本語の飲食店の看板、銭湯やサウナの案内があり、かなりにぎわっています。日本人だけが集まっているというより、ほかの外国人も多く見えました。

長距離列車で南へ来て、駅から渋滞を抜け、大きな街の中心部を歩く。ハノイと同じ国にありながら、ホーチミンでは街の使われ方や夜の雰囲気の違いが気になりました。
最後にCircle Kで夜食を買って、ホテルへ戻りました。翌日はもう帰国です。朝が早いので、この日の散策はここまでにして寝ました。9日目はタンソンニャット空港から、クアラルンプールを経由して日本へ戻ります。
旅の記録と現在の確認
この記事は2026年3月10日の記録・写真と、その後に思い出したことをもとにしています。暑さや街の印象は私の体感です。メトロの運賃・終電時刻・対応カードは、利用時の案内を確認してください。
7日目の記事には、SE7の全区間の停車駅と公式掲載時刻を載せています。通常の時刻表と、この日の代行バスを含む行程は分けて見てください。

